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GoTheDistance!ジェニファーの法政大学通信ブログ

法政大学通信ブログ by ジェニファー。法政大学通信教育課程・経済学部商業学科に2015後期入学(3年次編入)。試験やリポート、学習の内容と進捗状況、日々の気付きなど。Go the Distance!最後までやり遂げよう!

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神の手とゲーマーと寿司職人

その他学習・考察

きのう、医療関連の新聞記事を読んだら、疑問がどんどんわいてきて、ぐるぐると考えつづけてしまった。結論がないから、ぐるぐるなのだけど、そこに通底するのは『先端医療と生身の人間との間の深い溝』らしいということだけ、わかってきた。

さらば神の手

手術室の医療機器をネットワークでつないだ『スマート手術室』の開発が『日の丸プロジェクト』として進行中で、これがあれば、名医の技を記録して再現できるようになるるのだそうだ。すごい。

この『日の丸プロジェクト』が目指すのは、スマート手術室の海外輸出。医療機器を単品で売るより、手術室まるごとパッケージ輸出した方がうんと儲かるそうだ。なるほど。

が、こうした最新技術のすごさやビジネスとしての側面よりも、個人的に気になったのは、開発に携わる人たちの『旧態依然とした非効率な現場に驚いた』、『現実の手術は、医師の経験と勘に頼る部分が、まだまだ大きい』といったコメント。『脳腫瘍の手術は12時間を超えることもある。スタッフの疲労が重なると、思わぬ手術ミスにつながりかねない』。そりゃそうだろうな。生身の人間に期待できることには限度がある。

とはいえ、実用化は早くて19年の夏とのことだから、まだ当分の間は、生身の人間の勘と経験と根性を頼みにすることになるのだろう。

ゲーマーの外科医

同時にこんな記事も掲載されていた。ビデオゲーム、特にゾンビやモンスターと戦う系のアクションゲームには、脳の働きを高める効果があるそうで、ゲーマーの外科医は、手術が正確で早いそうだ。

つまり、反射神経とか、臨機応変な対応力といった、動物的な勘のようなものがモノを言うということか?

脳神経外科医と寿司職人

さらに少し前、こんな記事を読んだのを思い出す。ニューヨーク市衛生局は規制が厳しく、『顧客に生で提供する食品を素手で取り扱ってはいけない』というルールがあるそうだ。つまり、寿司屋も手袋着用が義務付けられており、これには批判も多いよう。

「脳神経外科医が手袋をして手術出来るのなら、寿司職人も手袋して鉄火巻きが作れるはずだ」というのが衛生局のリクツらしい。うん、確かに、とつい納得してしまいそうになった。脳神経外科医というのは、とにかくものすごい超絶テクを持った存在である、という前提(あるいは思い込み)は、万国共通なのかもしれない。

ドラマの中の神の手

一時期、シアトルの病院を舞台にした『グレイズ・アナトミー』というドラマにハマっていた。主要登場人物の外科医たちがみな、揃いもそろって恋愛体質なのだった。手術室で恋のさや当てをしつつ、でも手術は成功する。だって、ドラマだから!

 

『脳を開かなあかん』現実

そして思い出すのが、もう二十年近く前のこと。知人に頼まれて、関西の某病院で研修のお手伝い(作業要員として駆り出された)をしたことがあった。研修の後、病院スタッフたちの飲み会に同行することになった。病院近くの焼肉屋にて、院長さんが医師・看護師たちを前に挨拶した。

「今日は研修お疲れさま。みんな、日頃は気ぃ張ることも多いと思う。うちは救急もやってるから、夜中に急患が運び込まれたら、専門と違うても、脳を開かなあかんこともあるし…」

ええっ!開くんだ、脳。。専門と違うって、どのくらい??

飲み会は和気あいあいとした雰囲気で進行し、脳や脊髄の話をしながら、焼き肉を食べた。お医者さんたちはみな人柄よさそうで、ある意味、ふつうの人たちだった。同じテーブルで、せっせと鉄板の肉をひっくり返していた男性は、箸の使い方があまり上手じゃなかった。この人が急患の脳を開いたりしませんように、と心の中で祈った。

はじめての…まとめ

当たり前だけど、『神の手』の名医にしたって、一度は『はじめて』の時があったはずで、たまたま自分がそれに当たることもあり得るわけだ。

医療技術は日進月歩で進んでいるはずだけど、『スマート手術室』の記事を読んで、あらためて先端医療と生身の人間との間の深い溝に気づかされた次第。ぐるぐる継続中。

 

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